数理ファイナンス入門
第1章 1期間証券市場
1.3 リスク中立確率測度
          第1版 2001年5月3日

■まとめ
・リスク中立確率測度とは、すべてのω∈Ωでπ(ω)>0である線形確率測度πである。
 線形確率測度πでは、すべてのω∈Ωでπ(ω)≧0でしたから、その定義の「≧」が「>」に変わっています。
・裁定機会が存在しないこと ⇔ リスク中立確率測度が存在すること
 (*).裁定機会が存在しないことを、無裁定条件ともいう。
 本文中の証明を補足します。
 W≡{X∈RK:ある取引戦略Hに対してX=G*
  これはG*として実現可能なベクトルすべての集合をWとするといっています。
  本文中では説明していませんが、取引戦略HAと取引戦略HBの線形な合成として、
  λHA+(1-λ)HBを作れば、これもWの要素なので、凸集合であることが分かります。
  また、原点をWは含むことに注意してください。
 A≡{X∈RK:X≧0,X≠0}
  K次元ユークリッド空間で、すべての成分が0以上の集合です。ただし、0ベクトルは除きますので、原点は含みません。
 A+≡{X∈A:EX≧1}
 EXは、X1+X2+...+XKを示しています。
 XA、XB∈A+の時、E(λXA+(1-λ)XB)=λEXA+(1-λ)EXB≧λ+(1-λ)=1より、
 λXA+(1-λ)XB∈A+なので、これも凸集合です。
 分離超平面定理により、WとA+を分離する平面が存在します。
 この定理自体は平面の存在を示すだけですが、ここではWと直交する平面がとれてそれをWとしています。
 本当に直交する平面が存在するかどうかは証明が別途必要だと思います。
 次にWは原点をもつので、この原点からA+を見ると、この平面がすっぽりA+を隠しています。
 次に平面上の点Y(どれでも良い)をとってきます。
 すると、どのX∈A+でも、X・Y>0となっています。
  (Xは原点から見て平面の向こう側ですから、内積は正になります)
 このYはどの成分も正なので、成分の合計を1になるように割り算すると、リスク中立確率測度が構成できる訳です。


■Q&A
1).Hahn-Banachの定理とは数学的にはどういうものですか?
関数解析分野での定理で基本的なものです。
 (*).なお、Hahn-Banachはハーンバナッハと読みます。
定理を以下に示します。
Xを実線形空間RNとし,X上の汎関数 p:X→R が
   p(u+v)≦p(u)+p(v)  (u,v)∈X
   p(αu)=αp(u) (α>0,u∈X)
なる二つの性質をもつとき,
X上のある部分空間S上で定義された線形汎関数 f:S→R がS上で,
  f(u)≦p(u)  (u∈S)
をみたせば,X上の線形汎関数 F:X→R で
   F(u)≦p(u)  u∈X
   F(u)=f(u)  u∈S
を満たすものが存在する。

2).分離超平面定理とは数学的にはどういうものですか?
本文に即して、具体的にいうと、
 N次元ユークリッド空間で、2つの凸集合が交わらない時には
 2つを分離する平面が存在する。
というものです。超平面といっているのはN次元空間での平面なのでこういっています。
我々の住む3次元空間で考えれば、2つの立方体(凸集合ですね)が交わらない時は、
その間に(無限の)平面をとることができる(当たり前!)と言っています。


■問題回答
問1.6
1).Wは線形部分空間であることを示す。
 wA, wB∈Wとする。それぞれの対応する取引戦略をHA, HBとすると、
 取引戦略H=a・HA+b・HBで実現するwは、w=a・wA+b・wBでw∈Wである。
 従って、wA, wB∈Wであれば、a・wA+b・wB∈Wであるので、
 Wは線形部分空間である。
2).Wは線形部分空間であることを示す。
 wA, wB∈Wとする。
 任意のX∈Wに対して、X・(a・wA+b・wB)=a・(X・wA)+b・(X・wB)=0より
 a・wA+b・wB∈Wであるので、Wは線形部分空間である。

問1.7
a).例1.1
ΔS*1) ΔS*2)
1 -1
より、取引戦略H=(H0, H1)として、G*=(H1, −H1)
Wは原点を通るベクトル(1, -1)の直線上、Wは原点を通るベクトル(1, 1)の直線上
これを下図に示す。赤色の丸(1/2,1/2)がリスク中立確率測度である。


b).例1.2
ΔS*1) ΔS*2) ΔS*3)
1 -1 -2
より、取引戦略H=(H0, H1)として、G*=(H1, −H1, −2H1)
Wは原点を通るベクトル(1, -1, -2)の直線上、Wはベクトル(1, -1, -2)に原点を通る垂直な平面上
これを下図に示す。赤色の線(1/2, 1/2, 0)〜(2/3, 0, 1/3)がリスク中立確率測度である。
 (*).この線は、本文p.14の(λ, 2-3λ, -1+2λ)、1/2<λ<2/3に相当する。


c).例1.4
ΔS*1) ΔS*2) ΔS*3)
1 4 2 -1
2 3 1 -3
より、取引戦略H=(H0, H1, H2)として、G*=(4H1+3H2, 2H1+H2, -H1+(-3)H2)
ベクトル(4, 2, -1)とベクトル(3, 1, -3)の両方に直交するベクトルは、(-5, 9, -2)なので、
Wはベクトル(-5, 9, -2)に直交する原点を通る平面上、Wは原点を通るベクトル(-5, 9, -2)の直線上


問1.9
1*1)=u/(1+r)、S1*2)=d/(1+r)より
ΔS1*1)=(u-1-r)/(1+r)、ΔS1*2)=(d-1-r)/(1+r)
リスク中立確率測度は、
 {π(ω1)・(u-1-r)/(1+r)}+{π(ω2)・(d-1-r)/(1+r)}=0
 π(ω1)+π(ω2)=1
を満たすので、変形して
 π(ω1)={u-(1+r)}/(u-d)
 π(ω2)={(1+r)-d}/(u-d)
となり、さらにπ(ω1)>0、π(ω2)>0より、
 リスク中立確率測度となるには、d<(1+r)<uである必要がある。

問1.10
 取引戦略HA、取引戦略HB、それぞれの割引利得過程をG* A、G* Bとし、
 確率測度πとする。
 x=








1A
1B
 :
NA
NB
π(ω1)
 :
π(ωK)









とする。
1).Ax=b、x≧0が解を持つ時 ⇒ 裁定機会が存在
Ax=b、x≧0が解を持つ時
 G* A−G* B=π
 Σi=1,Kπ(ωi)=1
となる。この時、新しい取引戦略HCをHA−HBとすると、
 G* C=π≧0
 π≧0で、かつΣi=1,Kπ(ωi)=1より、少なくともある1≦m≦Kで、π(ωm)>0なので、
 E[G* C]=Σi=1,K* Cπ(ωi)≧π(ωm)・π(ωm)>0
よって、HCは裁定機会であり、裁定機会が存在することを証明した。

2).裁定機会が存在 ⇒ Ax=b、x≧0が解を持つ時
 裁定機会が存在する時、その1つの取引戦略をH、その割引利得過程をG*とし、
 定数λ≡1/{Σi=1,K*i)}=1/{E[G*]}>0とする。
 ここで、HA=λH、HB=0、π=λG*として、xを構成すると
 Ax=b、x≧0を満たすので、解を持つことが証明できた。

問1.11
1).リスク中立確率測度が存在する ⇔ yA≦0, yb>0が解を持つ
 以下1-a).と1-b).から証明する。

1-a).yA≦0, yb>0が解を持つ ⇒ リスク中立確率測度が存在する
 問1.10の定義にさらに、y=(λ, π(ω1), ..., π(ωK))とする。
 yA≦0, yb>0が解を持つ時は、
  1列目から、E[ΔS1*]≦0
  2列目から、E[−ΔS1*]≦0より、E[ΔS1*]≧0
 1列目と2列目から、E[ΔS1*]=0となる。
 以下奇数列と偶数列から同様になり、すべてのkで、E[ΔSk*]=0   (2N+1)列目から、λ−π(ω1)≦0
  yb=λ>0から、π(ω1)≧λ>0となる。  以下最終列まで同様にして、すべてのkで、π(ω1)≧λ>0となる。
 従って、yA≦0, yb>0が解を持つ時は、
  E[ΔS*]=0
  π>0
 となり、πはリスク中立確率測度となり、リスク中立確率測度の存在が証明できた。

1-b).リスク中立確率測度が存在する ⇒ yA≦0, yb>0が解を持つ
 リスク中立確率測度π、λ≡minkπ(ωk)として、
 問1.10の定義にさらに、y≡(λ, π(ω1), ..., π(ωK))とする。
 yAを計算し、
  1列目は、E[ΔS1*]=0で、≦0を満たす
  2列目は、−E[ΔS1*]=0で、≦0を満たす
  以下(2N)列目まで同様。
  (2N+1)列目は、λ−π(ω1)≦0
  以下(2N+K)列目まで同様。
 従って、yA≦0である。
 また、yb=λ>0であるので、yはyA≦0, yb>0の解であり、解の存在を証明できた。

2).裁定機会が存在しない ⇔ リスク中立確率測度が存在
 問1.10より、裁定機会が存在する ⇔ Ax=b、x≧0が解を持つ
 従って、裁定機会が存在しない ⇔ Ax=b、x≧0が解を持たない
 Ax=b、x≧0が解を持たない ⇔ yA≦0, yb>0が解を持つ
 上述1).より、yA≦0, yb>0が解を持つ ⇔ リスク中立確率測度が存在する
 以上より、裁定機会が存在しない ⇔ リスク中立確率測度が存在

戻る

おめでとうございます。これであなたは「1.3リスク中立確率測度」をマスターしました!