数理ファイナンス入門
第1章 1期間証券市場
1.2 裁定とその他の経済学的考察
          第1.1版 2001年12月27日

■まとめ
・取引戦略の線形性
 取引戦略HAによる利得過程GA、取引戦略HBによる利得過程GBとすると、以下が成立(線形性)
 1).新しい取引戦略H=HA+HBによる利得過程GはG=GA+GB
 2).αを実数の定数として、別の新しい取引戦略H'=α・HAによる利得過程G'は、G'=α・GA
 あまりはっきり本には書いていませんが、取引戦略Hの特徴として、このような線形性があります。
 これらは元の定義から自動的に導けるので本文では説明を省略しているようですが、私にはもっとも重要な気がします。
 かみ砕いて言うと、100万円儲かる取引戦略があるとすると、
 その投資戦略を10倍すると1000万円、100倍すると1億円儲かるぞ!ということですね。
 また、逆にα=-1とするとわかるように、その逆の投資戦略(つまり、借金する)をやれば、100万円損するというものです。
 もちろん、現実の投資でこういう線形性が成り立つという訳ではないのですが、
 これから後の議論の展開を簡単にするための仮定と思ってください。

・定義:取引戦略HAが優越的であるとは、すべてのω∈Ωに対して、
 V0A=V0BかつV1(ω)A>V0(ω)Bとなるような他の取引戦略HBが存在することである。
 変な定義だと思いませんか?
 ある取引戦略が優越的つまり強いということは、別に必ず負ける取引戦略が存在することだというのです。
 ギャンブルでいうと、ある人がポーカーが強いということは、その人に必ず負ける別の人が(1人でも)いることだと
 定義しているのです。
 むしろ、どの人よりも強いとか必ず勝つことというように定義するのが普通だと思いませんか?
 しかし、上で述べた線形性から、必ず負けるということはその逆をやれば必ず勝てるということです。
 必ず負ける取引戦略をH=(H0,H1,H2,...,HN)とすると、−H=(-H0,-H1,-H2,...,-HN)をやれば必ず勝てる訳です。
 そこで、上の定義から新しい取引戦略Hを、HA−HBとしてやれば、必勝法ができるので、
 これが優越的な取引戦略という訳です。そこで次の定理になるのですね。

・取引戦略Hが優越的である ⇔ 取引戦略Hでは、すべてのω∈Ωに対してV0=0でV1(ω)>0となる
 優越的な取引戦略Hでは、資産ゼロから資産を正に必ずできることを示しています。
 すべてのωという所がミソで、「すべてのω∈Ωで成立する=どういう状態でも成立する=必ず成り立つ」ということですので、。
 優越的な取引戦略は、必ず儲かる戦略であることを示しています。
 逆に、どれか1つのω(たとえば、ω2)でV1(ω)≦0となる取引戦略は優越的とはいえません。
 (*).⇔は同値、つまり⇔の左辺と右辺が同じこと(論理的に等しい)を示します。

・取引戦略Hが優越的である ⇔ 取引戦略Hでは、すべてのω∈Ωに対してV0<0でV1(ω)≧0となる
 優越的な取引戦略Hでは、資産マイナスから資産をゼロ以上に必ずできることを示しています。
 証明としては、
 1).すべてのω∈Ωに対してG*(ω)=V1*−V0*=V1*>0
  最後の等号では、V0*=V0=0を利用しています。
 2).δ≡minω*(ω)として、新しいH0=−Σn=1,Nnn*(0)-δとすると、
  V0=−δ<0、V1(ω)=−δ+G*(ω)≧0という取引戦略になります。
 つまり、資産ゼロから資産プラスにできる取引戦略を変形して、資産マイナスから資産ゼロ以上にできる取引戦略を構成した訳です。

・定義:ベクトルπが線形価格測度であるとは、どの取引戦略に対しても、V0*=Σω π(ω)V1*(ω)となる非負ベクトルであること。
 どの取引戦略に対してもというので、H=(H0 ,0,0,..0)を採用してみると(すべて銀行預金にする)、
 すべてのωでV1*(ω)=V0*となりますので、Σω π(ω)=1であることが分かりますね。
 また、非負というのは、π=(π1 , ... , πK)で、どのiについてもπi≧0ということです。
・ベクトルπが線形価格測度である ⇔ πがSn*(0)=Σω π(ω)Sn*(1,ω)を満たす確率測度である
 右辺は、各証券の初期価格(t=0でのSn*)が最終割引価格(t=1のSn*)の期待値と同じであることを示す。
・線形価格測度であるベクトルπが存在する ⇔ 優越的取引戦略が存在しない
 本文では、線形計画法の双対理論を利用して証明していますが、かなり分かりにくいと思います。
 本文中の意味を補足します。
 付録Aの問A.2に従い、主問題が(A.1式からX≧0の制約を取り除き)
  minimize cT
  A・X≧b
 の時、これの双対問題は
  maximize YT
  AT・Y=c
  Y≧0
 となり、主問題に解がある時は、双対問題にも解があり、目的関数の最適値は一致します。
  (これはこの節では証明済みの定理として使います。)
 次に、これのAを Tに、cをZに、XをhTに、Yをπに、b=0とすると、  主問題は
  minimize ZT
   T・hT≧0
 となり、さらに転置して整理すると、
  minimize h・Z
  h・≧0
 となって、これが(1.11)式となります。
 双対問題は
  maximize πT
  ・π=Z
  π≧0
 となり、これを整理して、
  maximize 0・π
  ・π=Z
  π≧0
 となり、これが(1.10)式となっています。

 本文中のπは線形価格測度の以下のようなベクトル表現です。
  π≡





π(ω1)
π(ω2)
  :
  :
π(ωK)






 また、本文中の、 はt=1のS*を示す(N+1)×Kのマトリックスです。
 この(N+1)行目は、Σi=1,Kπ(ωi)=1の条件を示すためです。
  





1*(1,ω1)
2*(1,ω1)
  :
  :
N*(1,ω1)
  1
 S1*(1,ω2) …
 S2*(1,ω2) …
   :    …
   :    …
 SN*(1,ω2) …
  1     …
 S1*(1,ωK)
 S2*(1,ωK)
   :
   :
 SN*(1,ωK)
  1






 ところで、主問題と双対問題の解の存在という定理を使わなくても、Farkasの補題(1.3節の問1.11)を利用すれば、
 もっと直接的に証明できます。以下に示します。
 <証明>
 問1.11で、Aを 、xをπ、bをZ、yを−hとすると、Farkasの補題より
   ・π=Z、π≧0、π∈RK     (1)
 が解をもつか
  h・ ≧0,h・Z<0,h∈RN     (2)
 が解をもつかのいずれかで、両方が同時に解をもつことはない。
 (1)の解の存在は線形価格測度πの存在を示し、(2)の解の存在は優越的取引戦略の存在を示す。
  ((2)は、V1≧0、V0<0を示すから)
 従って、線形価格測度が存在することは、優越的取引戦略が存在しないことと同値である。
 双対定理自体、Farkasの補題から導けますので、この方がいいと思うんですが...

・一物一価の法則が成り立つとは、
 すべてのω∈Ωに対してV1A(ω)=V1B(ω)で、 V0A>V0Bとなる2つの取引戦略HA、HAは存在しない
・優越的取引戦略が存在しない ⇒ 一物一価の法則が成り立つ
 本文中の証明では、一物一価の法則が成り立たないならば、優越的取引戦略が存在するという形で証明されています。
 その対偶をとってこれが証明されます。

・取引戦略Hが裁定機会とは以下2条件を満たすこと
  a).G*≧0
  b).E[G*]>0
 G*≧0とは、どのω∈Ωについても、G*(ω)≧0ということです。
 つまり、どういう状態になっても損しないということですね。
 E[G*]はG*の期待値であり、これが正ということは平均的には得をするということですね。

・優越的取引戦略が存在すれば、裁定機会は存在する
 優越的取引戦略として、V0*=0で、どのω∈ΩでもV1*(ω)>0となるものを考えます。
 するとこの取引戦略は、上の2条件を自動的に満たすので、裁定機会となっています。
 優越的取引戦略とは必ず得をする戦略で、裁定機会とは必ず損しないで平均的に得をする戦略ですので、
 裁定機会が優越的取引戦略を含むのは当然ですね。
・裁定機会はない ⇒ 優越的取引戦略が存在しない ⇒ 一物一価の法則が成り立つ


■Q&A
1).この節では結局、裁定機会が存在しない条件が一番大事だといっているですか?
 そうだと思います。そして、後節から無裁定価格理論を展開していくのです。

2).数式では分かるのですが、裁定機会と優越的取引戦略の違いが今一つ理解できません。
 裁定機会というのは、文字通り機会、可能性であり、
 損は絶対しないで得をする可能性がある(平均して得をする)戦略だということです。
 優越的取引戦略とは可能性でなく必ず得をする戦略です。従って、優越的取引戦略はより条件の厳しい定義となっています。
 つまり、「裁定機会⊃優越的取引戦略」 です。
 これの対偶をとると、「裁定機会はない⊂優越的取引戦略が存在しない」となります。
 次の例え話ではどうでしょう?  裁定機会というのは、宝くじをもらうようなものです。当たったら儲かるし、はずれても損をしません。平均的には儲かります。
 優越的取引戦略は、もう当たった宝くじをもらうようなものです。必ず儲かります。

3).非負のベクトルというのはどういう意味ですか?
 正、負などは1つの実数値についての属性であり、ベクトルは複数の実数の組ですから、厳密には正や負とはいえないものです。
 ただし、ここでは著者が次のような意味で定義しています。
 正のベクトル ... すべての要素が正のベクトル
 負のベクトル ... すべての要素が負のベクトル
 非負のベクトル ... すべての要素が非負、つまり0以上のベクトル
 このような定義は数学の世界ではあまり見かけないのですが、経済学、特に一般均衡理論の世界では一般的なようです。


■問題回答
問1.4
1).一物一価の法則が成り立つことを示す
まず、指定されたV1について
 H0+8H1+10H2=V11)
 H0+6H1+ 8H2=V12)
 H0+3H1+ 4H2=V13)
を満たす解(H0, H1, H2)を求める。
マトリック形式で表現すれば以下となる。
 




1
1
1
 

 8
 6
 3
 

 10
  8
  4
 









0
1
2
 









11)
12)
13)
 




これを変形していく。
 




1
0
0
 

 8
 -2
 -5
 

 10
 -2
 -6
 









0
1
2
 









11)
12)−V11)
13)−V11)
 




 




1
0
0
 

 8
 -2
 0
 

 10
 -2
 -1
 









0
1
2
 









11)
12)−V11)
13)−V11)+(-5/2){V12)−V11)}
 




となり、
 H2=(-3/2)V11)+(5/2)V12)+(-1)V13)
 H1=(-1)H2+(-1/2){V12)−V11)} =2V11)+(-3)V12)+V13)
 H0=(-8)H1+(-10)H2+V11) =(-1)V12)+2V13)
と一意に求められる。
従って、V0=H0+4H1+7H2 =(-5/2)V11)+(9/2)V12)+(-1)V13)となり、
0も一意に求められる。 以上から、V1からV0が一意に決定するので、一物一価の法則が成立している。

2).優越的取引戦略が存在することを示す
0=H0+4H1+7H2=0とすると、H0=(-4)H1+(-7)H2となる
 V11)=H0+8H1+10H2=4H1+3H2
 V12)=H0+6H1+8H2=2H1+H2
 V13)=H0+3H1+4H2=(-1)H1+(-3)H2
であり、V1>0、つまり、V11)>0、V12)>0、V13)>0となるには 以下3条件が成り立つ必要がある。
 H2>(-4/3)H1
 H2>(-2)H1
 H2<(-1/3)H1
第2式は第1式が成り立てば自動的に成り立つので、
(-1/3)H1>H2>(-4/3)H1を示す。
これを満たす取引戦略として、例えばH=(H0, H1, H2)=(-1, 2, -1)を採用すると、
0=0で、V1=(V11), V12), V13))=(5, 3, 1)>0となることから
Hは優越的取引戦略である。

2').優越的取引戦略が存在することを示す(別証明)
 線形価格測度π=(π(ω1), π(ω2), π(ω3))は以下を満たす。
 


8
10
 6
 8
 3
 4






π(ω1)
π(ω2)
π(ω3)






 



4
7



 この解はパラメータλとして、
 π(ω1)=-5/2
 π(ω2)=λ
 π(ω3)=8-2λ
π(ω1)>0にはできないので、πは線形価格測度ではなく、つまり線形価格測度は存在しない。
従って、優越的取引戦略は存在する。

問1.5
1).優越的取引戦略が存在しないことを示す
 線形価格測度π=(π(ω1), π(ω2), π(ω3))は以下を満たす。
 


60/9
40/3
 60/9
 80/9
 40/9
 80/9






π(ω1)
π(ω2)
π(ω3)






 



5
10



解はパラメータλとして以下となる。
 


π(ω1)
π(ω2)
π(ω3)






 



λ
0
(-3/2)λ+(9/8)



π(ω1)+π(ω2)+π(ω3)=1より、
λ+(-3/2)λ+(9/8)=1より、λ=1/4となり、
 


π(ω1)
π(ω2)
π(ω3)






 



1/4
0
3/4



が線形価格測度となる。従って、優越的取引戦略は存在しない。

2).裁定機会が存在することを示す
0=H0+5H1+10H2=0とすると、H0=(-5)H1+(-10)H2となる
 V11)=H0+(60/9)H1+(40/3)H2=(15/9)H1+(10/3)H2
 V12)=H0+(60/9)H1+(80/9)H2=(15/9)H1+(-10/9)H2
 V13)=H0+(40/9)H1+(80/9)H2=(-5/9)H1+(-10/9)H2
であり、V1≧0、つまり、V11)≧0、V12)≧0、V13)≧0となるには 以下3条件が成り立つ必要がある。
 (15/9)H1+(10/3)H2≧0
 (15/9)H1+(-10/9)H2≧0
 (-5/9)H1+(-10/9)H2≧0
変形して、
 H1+2H2≧0
 3H1+(-2)H2≧0
 H1+2H2≦0
となり、第1式と第3式を同時に満たすには等号が成立するしかない。従って
 H1+2H2=0
 3H1+(-2)H2≧0
となる。整理して
 H1=(-2)H2
 H2≦0
となる。
従って、例えば、H=(0, 2, -1)とすると、V0=0で、V1=(0, 40/9, 0)≧0となり、裁定機会となっている。


おめでとうございます。これであなたは「1.2裁定とその他の経済学的考察」をマスターしました!

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